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岐阜県羽島市の小学4年生585人と、
そのご家族が主役のイベント。
「未来のきみへ」
いったいどうしてそこに寛ちゃんが??
という不思議さを抱えたまま、
応募したところお招きいただきまして、
無事に観覧させていただきました。
世代的なもの、地域的なものにもよると思うのですが、
1/2成人式のこのようなイベントは自分が子供の頃は無くて、
事前にイメージしていたのは自分が経験してきたもの。
小学校でどなたかを呼んでお話を聞く会とか、
NHKさんの収録とか。
「行事」としての色合いが強い、形式張った、
もっとカッチリしたものをイメージしてたんです。
子供たち正装してたりするのかなぐらいに(笑)。
そうしたらですよ、ライブのMCだったんですよ。
行事的なプログラムもありましたけどね(笑)。
あそこまでじっくり話を聞ける機会なんて
ライブではなかなかないですけど。
話してくれる内容もそうだし、
その向けられる先が客席の皆さん一人一人だったのもそう。
親御さんたちはこのお話をどう受け取ってくれるんだろう…?
と正直考えたりもしましたが…
そして今も考え続けているけど。
寛ちゃんが伝えられることを誠実に届けてくれた、
そういう時間だったと思います。
一般招待は1階後方か2階席を割り当てられていて、
私は2階から拝見。
深く腰かけた時にちょうど見切れない位置までステージが張り出されていて、
確りした仕事をされていると安心していたんです。
まさかゲストがそのステージを降りて自由に動き回るとは、
思ってもみませんでした(笑)。
開演前、会場内には私のオキナワが流れていて、
知らない場所なのに圧倒的ホーム感。
イベントが始まってからもコーナーごとに寛曲が選曲されていて、
WAWWが流れてきたときは吹き出しそうになりました(笑)。
子供たちの退場曲サクラだし 、
ベビドンには大阪ライブに続いて泣かされそうになるし。
あのほんとに、ほんとにありがとうございました。
そのご家族が主役のイベント。
「未来のきみへ」
いったいどうしてそこに寛ちゃんが??
という不思議さを抱えたまま、
応募したところお招きいただきまして、
無事に観覧させていただきました。
世代的なもの、地域的なものにもよると思うのですが、
1/2成人式のこのようなイベントは自分が子供の頃は無くて、
事前にイメージしていたのは自分が経験してきたもの。
小学校でどなたかを呼んでお話を聞く会とか、
NHKさんの収録とか。
「行事」としての色合いが強い、形式張った、
もっとカッチリしたものをイメージしてたんです。
子供たち正装してたりするのかなぐらいに(笑)。
そうしたらですよ、ライブのMCだったんですよ。
行事的なプログラムもありましたけどね(笑)。
あそこまでじっくり話を聞ける機会なんて
ライブではなかなかないですけど。
話してくれる内容もそうだし、
その向けられる先が客席の皆さん一人一人だったのもそう。
親御さんたちはこのお話をどう受け取ってくれるんだろう…?
と正直考えたりもしましたが…
そして今も考え続けているけど。
寛ちゃんが伝えられることを誠実に届けてくれた、
そういう時間だったと思います。
一般招待は1階後方か2階席を割り当てられていて、
私は2階から拝見。
深く腰かけた時にちょうど見切れない位置までステージが張り出されていて、
確りした仕事をされていると安心していたんです。
まさかゲストがそのステージを降りて自由に動き回るとは、
思ってもみませんでした(笑)。
開演前、会場内には私のオキナワが流れていて、
知らない場所なのに圧倒的ホーム感。
イベントが始まってからもコーナーごとに寛曲が選曲されていて、
WAWWが流れてきたときは吹き出しそうになりました(笑)。
子供たちの退場曲サクラだし 、
ベビドンには大阪ライブに続いて泣かされそうになるし。
あのほんとに、ほんとにありがとうございました。
定刻に一人の男性がステージ上へ。
服装が業界っぽいな…?と思ったら、
(スーツじゃなかったので)
このイベントの主催の方で。
來住(きし)さん。
島袋寛子、ちゃん、って呼ぶんです。
?????ってなるでしょう?(笑)
音楽業界で長くお仕事されていて、
90年代にSPEEDとお仕事したことがあったそう。
(すごい元気で、1秒ごとじゃなくて0.1秒ごとに生きてるみたい)
企画の方が寛ファン説あったんですけど違いました(笑)。
以前にも、由紀さおりさん、秋川雅史さんと
童謡を歌うイベントを企画されたことがあったそうで。
今回のイベントには誰がいいかな?と考えていたときに、
寛ちゃんのことが浮かんだとのこと。
皆さんご存知ですよねって
SPEEDの紹介も名前を出すだけで進むのすごいと思いながら(笑)、
寛ちゃんを呼ばれて。
こんなさらーっと出てくるんだ…?と思ったけど姿が見えない。
声は聞こえる。え、どこ????
ステージ上にいなかったんです、下手客席通路に登場。
それは、ライトが射す先を辿った手摺の隙間からしか見えないよ(笑)。
この時点でイベントの雰囲気を察知しました。(笑)
和やかにご挨拶しながら、ゆっくりステージへ。
そこで二人で立ったままトークが展開されるという面白さ。(笑)
寛ちゃんに声をかけて、やってみたいですと返事をもらってから、
打合せの度にやりたいことが変わっていったと(笑)。
私が何を話せるだろう…と考えていて、
その思考の流れが打合せにそのまま出ていたご様子。
最初は自分が小さい頃の話、
次はその時お母さんがくれた言葉の話、
自分がお母さんをどんな風に見ていたか…という具合に。
寛ちゃん自身、今回のイベントに参加するにあたって
周りの方にいつも以上に話を聞いて準備していたそうで。
逆に、今客席にいる親御さんたちに話を聞きたいんだ!と力説されてました。
お子さんたちの生活で日々どんなことを感じているのか。
自分にとっては未知の世界を知りたいという想いからのようです。
こういう発表会の時にソワソワしますか?
朝、どんな言葉をかけてもらって子供たちは出てきたのかな、とか。
その寛ちゃんの言葉を聞いて、
ちび寛が脳裏に浮かんで胸が熱くなりましたし、
自分の時はどうだったかなって思ったりもしました。
そろそろ本日の主役達に登場してもらいましょう。
子供たちが両袖から入場。
話してる間から、
あれ?寛ちゃんたちの後ろの緞帳が動いてるな…?とは思ってましたが、
この調子で全員入ってくる系?
ではなく、緞帳がゆっくりあがると
子供たちがずらーーーーー!
585人、ステージ上の段々にスタンバイ済みでした。
あまりにも壮観な並び、感嘆の声がそこかしこであがります。
それをどうです?ってにやりと笑ってる寛ちゃんがかわいかった(笑)。
子供たちは合唱曲を3曲合唱。
久しくこんなまっすぐな歌声って聞いてない。
おそらく自分が子供側だった頃以来になってしまうのでは…。
わーすごい…って素直に圧倒されてました。
歌われた中で3曲目、「ビリーブ」。
実は私自身も小学生の時に歌ったことのある歌だったのです。
(4年か5年の卒業式、Let's search for Tomorrowかビリーブか。
6年は旅立ちの日に。笑)
会場に入る時に渡されたチラシに式次第も歌詞も書かれていたので、
見た瞬間に鳥肌が立ちました…好きな歌だったーって。
てっきり寛ちゃんも一緒に歌うものだと思っていたから余計にそわそわ(笑)。
実際は彼らの歌を寛ちゃんも聞く形式でしたので
想像していたものとは違ったけれど、
最上手最前列に座って
ニコニコとリズムを取りながら聞いてる寛ちゃんを眺めながら
思い出の曲を口ずさむというレア体験。
(歌詞を見ながらぜひ一緒に!の声掛けがあったので、
2階席でも歌ってる方いらっしゃいました)
子供の頃の記憶って偉大で、1番なら歌詞見なくても歌えてしまうんです。
あぁここで音上がるんだよ、そうそうって、
なんだか時空を飛び越えて混ざっているような、
ものすごく不思議な感覚を覚えました。
長く生きてきたものですねぇ(笑)。
歌が終わる度に、
素晴らしい!みんな最高だったよー!!って素直な思いを高らかに、
言葉にならない…と感動の声を伝えていた寛ちゃん。
声を聞けば、泣きそうになってることは一瞬でわかります。
みんなそれぞれの歌い方、リズム、表現があって、
それがひとつになって音楽になる。
大人として、まっすぐな歌声、まっすぐな思いを
守らないとなって思いました。
ステージ上から下まで動き回りながら、
どうだった?緊張した?と子供たちに感想を聞いて回るお姉さん。
斬新(笑)。
突然振られて文章で返す子と、一言で返す子と、
そうだよねーってなんかその年頃のいろいろがリアルによみがえって、
変にドキドキしてしまった(笑)。
どうだった?→楽しかった。が多くて、
楽しかったが流行ってるな(笑)。と笑い。
緊張した。とかもあった中で、端っこの男の子が最後に、知らない。
君は人気者なんだろうね(笑)ってその子の肩を抱いてあげてた(笑)。
恥ずかしかろうが自慢できるぞ(笑)。
当日のこんなエピソードも。
リハの時は普段着のままでいたんです。
そのままの私を見せよう!と思って。
おめかししてきまーすって衣装を着てメイクして戻って来たら
手を振ってくれました。
ありがとうございまーす(笑)。
子供たちは寛ちゃんが何者かを体感として知らないから、
自分たちの目で見て感じたものに素直に反応しているわけで。
オンのスイッチが伝わったってことなのかなぁ。
おもしろいですね。
子供たちの素晴らしい歌を聞いて、
この後歌うのか〜(笑)って大きなプレッシャーを感じながら、
子供たちの真ん中で歌う童謡から選ばれた1曲目、きらきら星。
必然的に、その選曲の背景を説明する流れになります。
更に前提として母子家庭で育ったことも説明して。
家族の話って昔からのファンは知識として知っていることだけど、
初めて聞いた方もたくさんいたのでは。
ターム畑の中の一本道を、星を見ながら、
お母さん、私は絶対夢を叶えるよー!歌手になるよーって。
子供の頃は今以上に、
歌手になるってそんな叶うはずないよって冗談で流されそうなことだった。
でも、『TVの中のお姉ちゃんたちと歌いたい』
そんな私の夢を母は大事に守ってくれたんだなって。
周りのみんなが助けてくれて、
夢を追いかけてた頃を思い出します。
きらきら星はもともとは外国の歌ですが、
二番の日本語の歌詞を今回初めて知って、
すごいいい歌詞だなぁと思ったそう。
あとで調べてみたら日本語訳とかでなくて、
別の意味が託されてるんですね。
(外国と比べて)どちらがいいとかではないんだけど、
日本の方が込めた思いが、いいなぁと思ったとのこと。
『みんなのうたが とどくといいな』
あぁ寛ちゃんだって、にっこり笑ってしまいました。
10歳の頃はどんな風に歌っていたのかなぁと話を振られ、
何の制限もなく歌っていました、
とにかく歌うことが楽しかった、と答えた寛ちゃん。
プロの道に入ると、いろんな学び、リクエストがあって、
それは経験になって、自分の歌をみつけていくことになるんだけど、と。
アクターズの頃も「レッスン」ではあったんだろうけど、
意識がここまで違うものなんだというのは
噛み締めるものがありました。
やりたいようにやるって、すごく難しいことだったんだよね。
2曲目は「海」。
ここ岐阜だよ…?って思っててごめんなさい。(笑)
寛ちゃんの思い出の曲という選曲意図を知れば納得です。
3番の歌詞を知っていますか?
『海にお舟を浮かばせて 行ってみたいなよその国』
今回改めてその歌詞を読んで、
この頃からここから出て夢を叶えたいって気持ちが強かった、
と仰っていました。
鏡見てイケてるって思ってたんだもんね(笑)。
そういう子でもあり、沖縄の環境もあって、
夢を叶えるために県外へ出るというのは
何の疑いもなく思っていた、と。
自分たちとは違う、
芸能人の話だって思って聞いてた人もいるかもしれない。
でも、壇上にいた子供たちが、
あとたった1年で寛ちゃんのように親元を離れることがあるかもしれない。
(デビューは12歳、上京し始めたのは11歳だから、もうほんとにすぐ)
きっと想像されたと思うんです。
芸能界って特殊な世界ですけど、
その本人が話すことで急にリアルに迫ってくるというか。
何の関係もない私も、
子供たち、で一括りに見えていたのが、
彼らが一人一人大人になる未来への走馬灯というか、
ぶわあんって頭の中を駆け巡ってしまって。
寛ちゃんも親御さんたちも自分も10歳だった頃があって、
今大人になってこうしてたまたま同じ時を過ごしていて、
その隣には子供たちがいて。
続いていくんだなって言葉にしてしまうと簡単なことなんですけど。
今まで感じたことのない感覚でした。
都会へ出て戻ってきたり、新しい場所で夢を追いかけたり、
生まれた場所でやりたいことに邁進したり…
どんな未来を歩いていくんでしょうね。
長く生きてると、故郷に帰るってタイミングも出てくるんですけどね。
そう言って笑っていた寛ちゃん。
海に沈む夕日を見ていると、
今日も一日ありがとうーって気持ちになります。
海は、オールファルセットで。
包み込むような美しい歌声を響かせてくれました。
アナウンサーさんが登壇されて、未来BOXセレモニー。
各校の代表児童が10年後の自分への手紙を読み上げ、
最後に寛ちゃんからも彼らへの手紙を贈ります。
みんなの想いが、夢が、花を咲かせますように。
海を越え、空を越え、たくさんの夢を叶えてください。
また、笑顔で会いましょう。
その手紙を納めた「未来BOX」を受け取るため、
文化センターの館長さんが登場。
前を通られた際、
寛ちゃんが反射的に深いお辞儀をしていたのがすごく印象的でした。
考えて出る行動ではないので…
相手方に合わせてにこやかに会釈がよくある風景だと思うと、
尊敬の念がそのまま出ていたのだなと。
館長さんの挨拶を聞いて、
そうそう想像してたのはこういう感じって思いました(笑)。
その中で、
文化センターに預けてくれてありがとうございました!
と仰っていて。
素敵な挨拶だなぁと心から拍手を送った次第です。
子供たちはここで退場。
ちなみに、
退場していく子供たちの中にもペコってお辞儀してくれる子が何人かいて、
それに笑顔でお辞儀返しする寛子お姉さんの図が微笑ましかったです。
そのあとは寛ちゃんの歌のステージ。
童神を歌ってくれました。
夢を叶え、目標を達成し、
転んでは立ち上がってを繰り返している時に、
ふと耳に入ってきたのが古謝美佐子さんの童神という歌でした。
初めて聞いた時に、ゆりかごの中にいるような、
もちろんその頃の記憶は無いですけども(笑)、
大丈夫だよという想いを感じました。
母はこういう思いで育ててくれてきたんだな、
よしがんばろうって思った曲。
3番の歌詞に、
雨や風が吹いても私が盾になって守るから、永遠の花を咲かせてね。
というものがあります。
皆さんもそんな思いで育てていらっしゃると思います。
今日も、母への感謝を込めて、歌いたいと思います。
久し振りに聞いた童神。
って、冷静に考えてすごい贅沢なことですね…。
これまで感じていたことを本人に言葉にしてもらえて、
より一層、心への浸透度が高まりました。
歌い終えて、寛ちゃんが話し始めたのは15歳の時のこと。
自分が経験したことしかお話できない―
そう思っていたからこそ、
子供の頃の夢を叶えて歌手になれた、
それだけで終わらせることができなかったんだと思います。
12歳でデビューして、
たくさんの人に受け入れてもらって、夢を叶えることができました。
でもある時、このまま大人になっちゃいけないなと思ったんです。
社会のことを知らないで…
それは後からでもできたことなのかもしれないのですが。
家族と過ごす時間を10代のうちに経験しておかないとダメな気がする、
ダメなことはないと思うけど、
焦りもあったのかもしれません、今思えば。
たくさんの人にご迷惑もおかけすることになりましたが、
解散というものも経験しました。
静かにぽつぽつと、でも淡々とはしていない。
むしろ心の奥の方がすごく動いて、
この気持ちをどうやって伝えよう。
そんな想いが駆け巡っているのがひしひしと伝わってくる話し方。
2009年でしたか…阿川さんとの対談記事で読みましたし、
10代の頃の各種インタビューでも読んできたことだけど、
実際に本人の口から聞いたのは…
記憶にないのは自分の都合のいいように記憶が改変されているのか…?
そこまでさらけ出すの…?と動揺してしまったぐらいで。
でもきっと、避けて話せなかった。
寛ちゃんが伝えたいことは、その先にあったから。
それまで言い争うこともなかったんですが…
ほんとにいろんなことを話して、
親子になれたなって感じたことを思い出します。
その時のことがあったから、今もこうしていられるのかなぁって。
どんな時も味方でいてくれたことに、今は感謝でいっぱいです。
何かあったときにそこに戻ることができて、
前へまた進むことができてるなって思います。
お父様お母様、おじいちゃんおばあちゃん。
お子さんたちを見守る姿にたくさんのことを受け取りました。
ご一緒させていただいて、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。
最後の歌はゆりかご。
お子さんたちにお返しをと歌を促していたんです。
寛ちゃん、胸の辺りまでマイクを落として、
客席を歩きながら歌っていて。
ちゃんと聞こえましたよ、皆さんが歌ってるの。
子供たちへも届いているといいなぁ。
市長さんが壇上にあがられて、ご挨拶くださり。
「585人のお母さんになったお気持ちは?」
に思わず、わぁー!素敵!!と感激して。
でも、、あの、お母さんって、大変です。
そう言って恐縮して、
一緒に過ごすことができて嬉しかった、と率直な想いを届けていました。
続いてお礼の言葉。
親御さん達への感謝の言葉的なものだと思っていた寛ちゃん、
え?私にですか?!と慌ててマイクの前へ。
私たちの成人の日に、私たちにまた会いに来てください。
そう10歳に言ってもらえる嬉しさよ…!
お花を持った児童が3人いたので、
一人ずつ大人たちにくれるのかと思っていたら、
私に全部くれるの?!って驚きが大音量で響き渡る(笑)。
もう大好きだよー、きっとあの場にいた人みんな好きになってくれたよー(笑)。
3人からもらって花束を両腕で抱え込んだ寛ちゃんを見て、
來住さんが預かってくれようとしたんだけど、
大丈夫です全部持ってます。と、もらった気持ちを大事に受け止めて。
今日一緒に歌を歌えて、
一緒に過ごすことができてほんとに嬉しかったです。
私が言わなくてもきっとされると思うんですけど、
今日帰ったらお子さんのことをがんばったねってたくさん褒めてあげてください。
そして、ご自分のことも褒めてあげてください。
なんか美味しいものでも食べてください(笑)。
そう言って笑って。
また!成人の日にお会いしましょう。
私も頑張って成長します。
ありがとうございました!
すごい自由に、
心に浮かぶ言葉を留めることなく話しているように感じていたので、
終了後に時計を見て、予定時間ぴったりだったことに驚きました(笑)。
裏にものすごく有能なタイムキーパーさんがいたのでしょうか(笑)。
その場で感じたことをシェアしていきたいと話していた寛ちゃん。
それがあれほど濃密な語りになったということは、
一参加者として幸せに思います。
終わってから、本気で感動している自分がいました。
同時に、頭の回線がショートしてましたね…
そりゃするよねって書き終えた今も思います。
普通にしてたつもりだったけど、キャパオーバーで、
一人のんびり帰ったのはそういう事情もありました。
後に、Twitterやインスタで綴ってくれた想いも言葉も、
本当に愛にあふれていて…
寛ちゃんにとっても大切な一日になったんだなぁ。
羽島市小学4年生の皆さん、ご家族の皆さん。
健やかにあの日を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。
10年後、20歳の集いで。
未来の約束が本当に嬉しかったです。
ありがとうございました!
服装が業界っぽいな…?と思ったら、
(スーツじゃなかったので)
このイベントの主催の方で。
來住(きし)さん。
島袋寛子、ちゃん、って呼ぶんです。
?????ってなるでしょう?(笑)
音楽業界で長くお仕事されていて、
90年代にSPEEDとお仕事したことがあったそう。
(すごい元気で、1秒ごとじゃなくて0.1秒ごとに生きてるみたい)
企画の方が寛ファン説あったんですけど違いました(笑)。
以前にも、由紀さおりさん、秋川雅史さんと
童謡を歌うイベントを企画されたことがあったそうで。
今回のイベントには誰がいいかな?と考えていたときに、
寛ちゃんのことが浮かんだとのこと。
皆さんご存知ですよねって
SPEEDの紹介も名前を出すだけで進むのすごいと思いながら(笑)、
寛ちゃんを呼ばれて。
こんなさらーっと出てくるんだ…?と思ったけど姿が見えない。
声は聞こえる。え、どこ????
ステージ上にいなかったんです、下手客席通路に登場。
それは、ライトが射す先を辿った手摺の隙間からしか見えないよ(笑)。
この時点でイベントの雰囲気を察知しました。(笑)
和やかにご挨拶しながら、ゆっくりステージへ。
そこで二人で立ったままトークが展開されるという面白さ。(笑)
寛ちゃんに声をかけて、やってみたいですと返事をもらってから、
打合せの度にやりたいことが変わっていったと(笑)。
私が何を話せるだろう…と考えていて、
その思考の流れが打合せにそのまま出ていたご様子。
最初は自分が小さい頃の話、
次はその時お母さんがくれた言葉の話、
自分がお母さんをどんな風に見ていたか…という具合に。
寛ちゃん自身、今回のイベントに参加するにあたって
周りの方にいつも以上に話を聞いて準備していたそうで。
逆に、今客席にいる親御さんたちに話を聞きたいんだ!と力説されてました。
お子さんたちの生活で日々どんなことを感じているのか。
自分にとっては未知の世界を知りたいという想いからのようです。
こういう発表会の時にソワソワしますか?
朝、どんな言葉をかけてもらって子供たちは出てきたのかな、とか。
その寛ちゃんの言葉を聞いて、
ちび寛が脳裏に浮かんで胸が熱くなりましたし、
自分の時はどうだったかなって思ったりもしました。
そろそろ本日の主役達に登場してもらいましょう。
子供たちが両袖から入場。
話してる間から、
あれ?寛ちゃんたちの後ろの緞帳が動いてるな…?とは思ってましたが、
この調子で全員入ってくる系?
ではなく、緞帳がゆっくりあがると
子供たちがずらーーーーー!
585人、ステージ上の段々にスタンバイ済みでした。
あまりにも壮観な並び、感嘆の声がそこかしこであがります。
それをどうです?ってにやりと笑ってる寛ちゃんがかわいかった(笑)。
子供たちは合唱曲を3曲合唱。
久しくこんなまっすぐな歌声って聞いてない。
おそらく自分が子供側だった頃以来になってしまうのでは…。
わーすごい…って素直に圧倒されてました。
歌われた中で3曲目、「ビリーブ」。
実は私自身も小学生の時に歌ったことのある歌だったのです。
(4年か5年の卒業式、Let's search for Tomorrowかビリーブか。
6年は旅立ちの日に。笑)
会場に入る時に渡されたチラシに式次第も歌詞も書かれていたので、
見た瞬間に鳥肌が立ちました…好きな歌だったーって。
てっきり寛ちゃんも一緒に歌うものだと思っていたから余計にそわそわ(笑)。
実際は彼らの歌を寛ちゃんも聞く形式でしたので
想像していたものとは違ったけれど、
最上手最前列に座って
ニコニコとリズムを取りながら聞いてる寛ちゃんを眺めながら
思い出の曲を口ずさむというレア体験。
(歌詞を見ながらぜひ一緒に!の声掛けがあったので、
2階席でも歌ってる方いらっしゃいました)
子供の頃の記憶って偉大で、1番なら歌詞見なくても歌えてしまうんです。
あぁここで音上がるんだよ、そうそうって、
なんだか時空を飛び越えて混ざっているような、
ものすごく不思議な感覚を覚えました。
長く生きてきたものですねぇ(笑)。
歌が終わる度に、
素晴らしい!みんな最高だったよー!!って素直な思いを高らかに、
言葉にならない…と感動の声を伝えていた寛ちゃん。
声を聞けば、泣きそうになってることは一瞬でわかります。
みんなそれぞれの歌い方、リズム、表現があって、
それがひとつになって音楽になる。
大人として、まっすぐな歌声、まっすぐな思いを
守らないとなって思いました。
ステージ上から下まで動き回りながら、
どうだった?緊張した?と子供たちに感想を聞いて回るお姉さん。
斬新(笑)。
突然振られて文章で返す子と、一言で返す子と、
そうだよねーってなんかその年頃のいろいろがリアルによみがえって、
変にドキドキしてしまった(笑)。
どうだった?→楽しかった。が多くて、
楽しかったが流行ってるな(笑)。と笑い。
緊張した。とかもあった中で、端っこの男の子が最後に、知らない。
君は人気者なんだろうね(笑)ってその子の肩を抱いてあげてた(笑)。
恥ずかしかろうが自慢できるぞ(笑)。
当日のこんなエピソードも。
リハの時は普段着のままでいたんです。
そのままの私を見せよう!と思って。
おめかししてきまーすって衣装を着てメイクして戻って来たら
手を振ってくれました。
ありがとうございまーす(笑)。
子供たちは寛ちゃんが何者かを体感として知らないから、
自分たちの目で見て感じたものに素直に反応しているわけで。
オンのスイッチが伝わったってことなのかなぁ。
おもしろいですね。
子供たちの素晴らしい歌を聞いて、
この後歌うのか〜(笑)って大きなプレッシャーを感じながら、
子供たちの真ん中で歌う童謡から選ばれた1曲目、きらきら星。
必然的に、その選曲の背景を説明する流れになります。
更に前提として母子家庭で育ったことも説明して。
家族の話って昔からのファンは知識として知っていることだけど、
初めて聞いた方もたくさんいたのでは。
ターム畑の中の一本道を、星を見ながら、
お母さん、私は絶対夢を叶えるよー!歌手になるよーって。
子供の頃は今以上に、
歌手になるってそんな叶うはずないよって冗談で流されそうなことだった。
でも、『TVの中のお姉ちゃんたちと歌いたい』
そんな私の夢を母は大事に守ってくれたんだなって。
周りのみんなが助けてくれて、
夢を追いかけてた頃を思い出します。
きらきら星はもともとは外国の歌ですが、
二番の日本語の歌詞を今回初めて知って、
すごいいい歌詞だなぁと思ったそう。
あとで調べてみたら日本語訳とかでなくて、
別の意味が託されてるんですね。
(外国と比べて)どちらがいいとかではないんだけど、
日本の方が込めた思いが、いいなぁと思ったとのこと。
『みんなのうたが とどくといいな』
あぁ寛ちゃんだって、にっこり笑ってしまいました。
10歳の頃はどんな風に歌っていたのかなぁと話を振られ、
何の制限もなく歌っていました、
とにかく歌うことが楽しかった、と答えた寛ちゃん。
プロの道に入ると、いろんな学び、リクエストがあって、
それは経験になって、自分の歌をみつけていくことになるんだけど、と。
アクターズの頃も「レッスン」ではあったんだろうけど、
意識がここまで違うものなんだというのは
噛み締めるものがありました。
やりたいようにやるって、すごく難しいことだったんだよね。
2曲目は「海」。
ここ岐阜だよ…?って思っててごめんなさい。(笑)
寛ちゃんの思い出の曲という選曲意図を知れば納得です。
3番の歌詞を知っていますか?
『海にお舟を浮かばせて 行ってみたいなよその国』
今回改めてその歌詞を読んで、
この頃からここから出て夢を叶えたいって気持ちが強かった、
と仰っていました。
鏡見てイケてるって思ってたんだもんね(笑)。
そういう子でもあり、沖縄の環境もあって、
夢を叶えるために県外へ出るというのは
何の疑いもなく思っていた、と。
自分たちとは違う、
芸能人の話だって思って聞いてた人もいるかもしれない。
でも、壇上にいた子供たちが、
あとたった1年で寛ちゃんのように親元を離れることがあるかもしれない。
(デビューは12歳、上京し始めたのは11歳だから、もうほんとにすぐ)
きっと想像されたと思うんです。
芸能界って特殊な世界ですけど、
その本人が話すことで急にリアルに迫ってくるというか。
何の関係もない私も、
子供たち、で一括りに見えていたのが、
彼らが一人一人大人になる未来への走馬灯というか、
ぶわあんって頭の中を駆け巡ってしまって。
寛ちゃんも親御さんたちも自分も10歳だった頃があって、
今大人になってこうしてたまたま同じ時を過ごしていて、
その隣には子供たちがいて。
続いていくんだなって言葉にしてしまうと簡単なことなんですけど。
今まで感じたことのない感覚でした。
都会へ出て戻ってきたり、新しい場所で夢を追いかけたり、
生まれた場所でやりたいことに邁進したり…
どんな未来を歩いていくんでしょうね。
長く生きてると、故郷に帰るってタイミングも出てくるんですけどね。
そう言って笑っていた寛ちゃん。
海に沈む夕日を見ていると、
今日も一日ありがとうーって気持ちになります。
海は、オールファルセットで。
包み込むような美しい歌声を響かせてくれました。
アナウンサーさんが登壇されて、未来BOXセレモニー。
各校の代表児童が10年後の自分への手紙を読み上げ、
最後に寛ちゃんからも彼らへの手紙を贈ります。
みんなの想いが、夢が、花を咲かせますように。
海を越え、空を越え、たくさんの夢を叶えてください。
また、笑顔で会いましょう。
その手紙を納めた「未来BOX」を受け取るため、
文化センターの館長さんが登場。
前を通られた際、
寛ちゃんが反射的に深いお辞儀をしていたのがすごく印象的でした。
考えて出る行動ではないので…
相手方に合わせてにこやかに会釈がよくある風景だと思うと、
尊敬の念がそのまま出ていたのだなと。
館長さんの挨拶を聞いて、
そうそう想像してたのはこういう感じって思いました(笑)。
その中で、
文化センターに預けてくれてありがとうございました!
と仰っていて。
素敵な挨拶だなぁと心から拍手を送った次第です。
子供たちはここで退場。
ちなみに、
退場していく子供たちの中にもペコってお辞儀してくれる子が何人かいて、
それに笑顔でお辞儀返しする寛子お姉さんの図が微笑ましかったです。
そのあとは寛ちゃんの歌のステージ。
童神を歌ってくれました。
夢を叶え、目標を達成し、
転んでは立ち上がってを繰り返している時に、
ふと耳に入ってきたのが古謝美佐子さんの童神という歌でした。
初めて聞いた時に、ゆりかごの中にいるような、
もちろんその頃の記憶は無いですけども(笑)、
大丈夫だよという想いを感じました。
母はこういう思いで育ててくれてきたんだな、
よしがんばろうって思った曲。
3番の歌詞に、
雨や風が吹いても私が盾になって守るから、永遠の花を咲かせてね。
というものがあります。
皆さんもそんな思いで育てていらっしゃると思います。
今日も、母への感謝を込めて、歌いたいと思います。
久し振りに聞いた童神。
って、冷静に考えてすごい贅沢なことですね…。
これまで感じていたことを本人に言葉にしてもらえて、
より一層、心への浸透度が高まりました。
歌い終えて、寛ちゃんが話し始めたのは15歳の時のこと。
自分が経験したことしかお話できない―
そう思っていたからこそ、
子供の頃の夢を叶えて歌手になれた、
それだけで終わらせることができなかったんだと思います。
12歳でデビューして、
たくさんの人に受け入れてもらって、夢を叶えることができました。
でもある時、このまま大人になっちゃいけないなと思ったんです。
社会のことを知らないで…
それは後からでもできたことなのかもしれないのですが。
家族と過ごす時間を10代のうちに経験しておかないとダメな気がする、
ダメなことはないと思うけど、
焦りもあったのかもしれません、今思えば。
たくさんの人にご迷惑もおかけすることになりましたが、
解散というものも経験しました。
静かにぽつぽつと、でも淡々とはしていない。
むしろ心の奥の方がすごく動いて、
この気持ちをどうやって伝えよう。
そんな想いが駆け巡っているのがひしひしと伝わってくる話し方。
2009年でしたか…阿川さんとの対談記事で読みましたし、
10代の頃の各種インタビューでも読んできたことだけど、
実際に本人の口から聞いたのは…
記憶にないのは自分の都合のいいように記憶が改変されているのか…?
そこまでさらけ出すの…?と動揺してしまったぐらいで。
でもきっと、避けて話せなかった。
寛ちゃんが伝えたいことは、その先にあったから。
それまで言い争うこともなかったんですが…
ほんとにいろんなことを話して、
親子になれたなって感じたことを思い出します。
その時のことがあったから、今もこうしていられるのかなぁって。
どんな時も味方でいてくれたことに、今は感謝でいっぱいです。
何かあったときにそこに戻ることができて、
前へまた進むことができてるなって思います。
お父様お母様、おじいちゃんおばあちゃん。
お子さんたちを見守る姿にたくさんのことを受け取りました。
ご一緒させていただいて、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。
最後の歌はゆりかご。
お子さんたちにお返しをと歌を促していたんです。
寛ちゃん、胸の辺りまでマイクを落として、
客席を歩きながら歌っていて。
ちゃんと聞こえましたよ、皆さんが歌ってるの。
子供たちへも届いているといいなぁ。
市長さんが壇上にあがられて、ご挨拶くださり。
「585人のお母さんになったお気持ちは?」
に思わず、わぁー!素敵!!と感激して。
でも、、あの、お母さんって、大変です。
そう言って恐縮して、
一緒に過ごすことができて嬉しかった、と率直な想いを届けていました。
続いてお礼の言葉。
親御さん達への感謝の言葉的なものだと思っていた寛ちゃん、
え?私にですか?!と慌ててマイクの前へ。
私たちの成人の日に、私たちにまた会いに来てください。
そう10歳に言ってもらえる嬉しさよ…!
お花を持った児童が3人いたので、
一人ずつ大人たちにくれるのかと思っていたら、
私に全部くれるの?!って驚きが大音量で響き渡る(笑)。
もう大好きだよー、きっとあの場にいた人みんな好きになってくれたよー(笑)。
3人からもらって花束を両腕で抱え込んだ寛ちゃんを見て、
來住さんが預かってくれようとしたんだけど、
大丈夫です全部持ってます。と、もらった気持ちを大事に受け止めて。
今日一緒に歌を歌えて、
一緒に過ごすことができてほんとに嬉しかったです。
私が言わなくてもきっとされると思うんですけど、
今日帰ったらお子さんのことをがんばったねってたくさん褒めてあげてください。
そして、ご自分のことも褒めてあげてください。
なんか美味しいものでも食べてください(笑)。
そう言って笑って。
また!成人の日にお会いしましょう。
私も頑張って成長します。
ありがとうございました!
すごい自由に、
心に浮かぶ言葉を留めることなく話しているように感じていたので、
終了後に時計を見て、予定時間ぴったりだったことに驚きました(笑)。
裏にものすごく有能なタイムキーパーさんがいたのでしょうか(笑)。
その場で感じたことをシェアしていきたいと話していた寛ちゃん。
それがあれほど濃密な語りになったということは、
一参加者として幸せに思います。
終わってから、本気で感動している自分がいました。
同時に、頭の回線がショートしてましたね…
そりゃするよねって書き終えた今も思います。
普通にしてたつもりだったけど、キャパオーバーで、
一人のんびり帰ったのはそういう事情もありました。
後に、Twitterやインスタで綴ってくれた想いも言葉も、
本当に愛にあふれていて…
寛ちゃんにとっても大切な一日になったんだなぁ。
羽島市小学4年生の皆さん、ご家族の皆さん。
健やかにあの日を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。
10年後、20歳の集いで。
未来の約束が本当に嬉しかったです。
ありがとうございました!
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